ヨーロッパ史
ヨーロッパ
歴史の時代区分によく用いられる古代中世近代という3区分法はヨーロッパの歴史を分析するために考え出される。この区分法の起源はルネサンスの人文主義者たちが古代ギリシア・ローマ時代を理想としルネサンスはその古代文明の再生であり、その間の中世を古代の文明が中断された暗黒時代と捉えたのがそもそもの始まりです。今日では中世を「暗黒時代」と捉えられる歴史学者は皆無でありますが当時においては、このようにして栄光のギリシャ・ローマの時代を「古代」、「暗黒時代」の「中世」、そして今(ルネサンスの時代)を「近代」とする3区分法が用いられるようになりました。
ルネサンス以降もこの3区分法は用いられつづけ、つい最近までヨーロッパの時代区分はこの3区分が一般的であす。しかし、歴史学の研究が進展する中で、中世と近代の間に「近世」を挟む提案がなされた。これは広く歴史学者に受け入れられ、現在では古代、中世、近世、近代の4区分が一般的に用いられるようになります。
古代、中世、近世、近代の境界は概ね以下の通り
古代 - 中世 : 西ローマ帝国の滅亡
中世 - 近世 : 東ローマ帝国の滅亡、ルネサンス、大航海時代、宗教改革
近世 - 近代 : 市民革命(特にフランス革命)、産業革命
なお、近代と現代の境界については、1980年代までは1914年の第一次世界大戦の開始以降を現代とする区分が一般的であった。しかし、1990年代以降は、1989年のベルリンの壁崩壊とそれに伴う冷戦の終結までを近代の枠組みの中で捉えることが多くなってきている。
地域区分
地域の区分は日本人がヨーロッパ史を理解する上で、障害になることのひとつです。日本のような島国とは違ってヨーロッパは陸続きであり、ヨーロッパの歴史は様々な民族の移動や侵入の歴史とも言えます。このため民族の区分が現在の国境と合っておらず、日本では比較的簡単に収まりきる「国民史」という概念では簡単に捉えきることができないのです。
以下に「国民史」の形態で列挙するが、例えば、「中央ヨーロッパの歴史」とは広義的なドイツ語圏の歴史であり、「ドイツの歴史」というものを書く場合、これらの地域でのドイツ人の活動の歴史とどのように整合性を取っていくかということが問題になります。
また、時代による名称の違いも障害となる。日本では日常的に「イギリス」という言葉を用いるが現在の「イギリス」は18世紀中ごろに形成し始めたもので、それ以前は「イングランド王国」である。以下の「イギリスの歴史」は、18世紀中ごろまでの記述は「イングランド王国」の歴史である。すべてを「イギリス」としてとらえるのでは、イギリスの歴史を正しく認識していないし、スコットランドやウェールズ、アイルランドの歴史を全く無視していることにも繋がりかねません…。
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